最近の読み物(借り物編)

先日、知人宅の本棚整理を手伝わせてもらう機会があった。
ふとした話の流れから「散らかり放題の書庫をどうにか片づけたいとずっと思っているんだけれど・・・」とつぶやく知人を「整理しましょうよ。今やりましょう、今!」とけしかけて、書庫に入れてもらったのだ。
とても人に見せられる状態じゃないからと最後まで渋る知人を押し切って入れてもらったその書庫は、窓のある3畳ほどの部屋。一面は窓で、三面の壁のうち向かい合わせになった二面に、天井までの本棚が作りつけてあり、窓と向かいあった残りの一面には、奥行きの深い、重そうな本棚がどんと置かれている。二面ある壁面書棚はすでにびっしりと埋まっており、捨てられない書類だとかが詰まった段ボールが、その前に積まれているせいで、腰から下の棚はほとんどが隠れてしまっている。
高い所には、文学全集や古い専門書がずらりと並ぶ。残りは時代物の大衆小説の文庫と比較的新しそうな人文系の単行本で、これらは手の届く高さの棚に乱雑に積まれている。(文庫は小さいので、占めている面積は全体の1割くらいだけれど、冊数としては全体の半分くらいにあたると思われる。)
ざっと見ても全部で6〜700冊以上ある。
とりあえずその日は、無造作に詰まれたままの大量の文庫から整理していくことにした。

藤沢周平池波正太郎平岩弓枝津本陽・・・
次から次と出てくる文庫本を、色分けしたり、シリーズ分けして並べていく。「これだけある小説の内容、覚えているんですか?」と知人に尋ねたら、おおかた覚えているというから、この人の中にはこれだけの物語が収まっていたのかと静かに驚いた。
きっとここにあるたくさんの本のたくさんの登場人物が、この人の中には生きて住んでおり、いろいろな正義や欺瞞、いろいろな解決や葛藤が、きっと自身の経験のようにして生きているのだろうと感慨を覚えた。
2人で埃をかぶり大汗をかきながら、2時間ほど整理を続けた。
なかなか大変な作業ではあったけれど、なにより、楽しかった!(結局たいして片付かなかったから、ほとんど私が楽しむためだけの時間だったかもしれない。)

人の本棚の整理はとても楽しい。(自分のも、もちろんとてつもなく楽しい。)
そのうえご褒美のように、その書庫の中の2冊を借してもらった。

1冊目はこれ。

閉ざされた心との対話 (心理療法の現場から (上))

閉ざされた心との対話 (心理療法の現場から (上))

カウンセリングの現場にいる心理療法家たちと河合隼雄氏との対話を集めたもの。さっそくその片づけの翌日、半日あったフリーな時間に、一人でランチを食べながら読んだ。
それぞれのカウンセラーが経験した印象深いケース(多くは成功したと思われるケース)を中心に取り上げているので、偏りはあるのだろうとは思う。とはいえ、人の、若者の、子どもの、母親の、妊婦の、心というもの、その言いようのない存在の大きさと持っている力のすごさに圧倒される報告ばかりで、とても面白かった。ぐっと来て、涙が出るエピソードも多かった。

自分は話の中に出てくるクライアントのように家庭内暴力を起こしたことはない。暴力を振るう夫に悩まされたこともない、長期に渡る登校拒否もない、未熟児を生んだ経験もないし、小さなころから喘息に苦しんだこともない。それなのに、あるとき心理療法家のもとを訪ねて、そしてその人生のひと時をそこで共有し、いつしか自分の足で離れていく、出てくるすべてのクライアントが自分であるようにも思えた。それぞれのクライアントがいろいろなやり方で示した「生きていく力」「生き延びる力」みたいなものは、人の持つ力であり、すなわち自分の中にも確かにある力だと感じた、と言い換えてもいいかもしれない。
ユング心理学や、箱庭療法を日本に導入した河合氏の傾向として、認知や論理よりも感覚・イメージを大切にするという点が、自分が近年興味を持って勉強し続けている心理療法「フォーカシング」にも深くつながるということが改めてわかり、心強く思った。

あまりによかったので、やみくもに、一泊二日の出張に出るパートナーに「ぜひとも読んで!」と押し付けておいた。
そうだ今度あの人にも勧めておこう、それからあの人にもこの話をして、そして次はこの人にも読んでもらって・・・、といろいろ思い浮かべて勝手にわくわくしている。(わくわくするだけならいいじゃないですかー。)
興味のある方は、ぜひどうぞ。


借りたもう1冊はこれ。
こちらも面白そう。勢いづいて、この2冊目も近々読みたい。

人は成熟するにつれて若くなる

人は成熟するにつれて若くなる